オープン教室の音環境づくり
オープンプランの学校は、子ども達の学習と活動の幅を広げ、従来の教室というイメージを超えた空間の魅力を感じさせます。さまざまな活動を通して“学ぶ場”にふさわしいフレキシビリティを備えた空間として、日本では今後もオープンプラン型の教室(以下オープン教室)が定着していくというのが大勢の見方でしょう。しかし、音環境の視点からみると、隣同士の教室の音が筒抜けになってしまうという問題が懸念されます。
オープン教室は歴史的にはイギリス、アメリカで登場したものですが、音響的問題を理由にオープン教室は破綻したと捉えている国も多く、音響の国際的な場では日本の状況は奇異なものとさえ受け止められています。一方、日本の教育関係者にはオープン教室は好意的に受け入れられているようです。実際にオープン教室を使っている教員に話を聞くと、教室の音が互いに伝わりあうことの利点さえ指摘されることもあります。音響的には一見不利なオープン教室で、不要な音によって生じる弊害を防ぎ、必要な音だけを活用した教育を行うことはできるのでしょうか?
このコラムでは、オープンプランの小学校での実態調査の結果をもとに、オープン教室の教育現場において音環境がどのように捉えられているのかをご紹介します。
「騒音」という問題を扱う場合の多くは、“音を聞く”という受動的な立場で音の影響を考えます。一方、学校の音環境をみると、教師や児童にとって音声はコミュニケーションの不可欠な手段であり、人は音を聞くと同時に音を発生する立場でもあります。学校の音環境に対する人の意識を考える場合には、音環境からどのような影響を受けるか、という受身の意識だけでなく、音声を発して音環境を形成する立場としての人の意識をみていくことが重要だといえるでしょう。
図1はオープン教室で授業を行っている教員の音環境に対する評価として、授業中に「隣の教室の音が気になる」という音を聞く立場での意識と「隣の教室に気を使う」という音を発生する立場の意識を調べたものです。(A)は8校で得られた結果を合計したもので、(B)と(C)は対照的な2校について各学校の結果を示したものです。全体の結果(A)をみると、2割の教員が隣接学級の音が「非常に」または「よく」気になると答えており、逆に言えば、8割は「時々気になる程度」で済んでいることがわかります。また、全体的に、「気になる」よりも「気を使う」という音を発生する立場の方が強く意識されている傾向が見られます。学校ごとにみると、(B)に示された小学校では調査時にも落ち着きを欠く授業状況が観察されており、「気になる」「気を使う」の割合が共に高い結果となっています。一方、(C)に示された小学校では、「(非常に・よく)気になる」と回答した教員はいませんでした。この学校の特徴としては、私立で個別指導を教育方針とした運営を行っている点、教員が話をする場合には児童を周りに集めて必要最小限の声量に押さえるなど、発生音を必要十分に制御している点が挙げられます。インタビューのなかでも、「空間の特性を十分に認識した上での指導体制が徹底されなければ、オープンプランという空間のメリットを生かすことはできない」という認識を教員が共有していることがうかがえました。
このような運用上の工夫は、OP型教室で授業を行うためには不可欠なものですが、一般的にどの程度行われているのでしょうか。表1は、前述の結果同様8校で「授業を行う上での留意点」を質問した結果ですが、隣接教室間の音の問題を避けるための運用上の工夫についての回答が多くみられます。児童に対しては状況に応じた声量の調整等、発生音を制御する指導を行い、教師間では互いの授業を妨げないために活動内容や場所の調整を行っている様子がみられます。前述の「音が気になるかどうか」という設問の回答結果は、このような運用上の工夫の結果といえます。
表1 「授業を行う上での留意点」回答結果 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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教員からの意見を調べるうちに出てきた非常に興味深い観点として、他学級と音環境を共有する利点が指摘されました。一つは、一学級を一人で担任するのではなく、一学年を複数教員で担任するという“学年経営”を行う場合、「他学級の把握」は9割の教員が必要と答えており、この際に声が伝わることによって「他学級の気配を感じられてよい」「こちらの状況が伝わるので安心」という意見がきかれました。“学級崩壊”に対する危機感が高まっている昨今の状況において、オープン教室では他の教員や保護者、見学者なども日常的に授業を覗き、参加する機会も増えます。常に人の目にさらされる緊張感はあっても、責任を単独で抱え込まずに済む安心感は大きいようで、“気配”を共有できることはオープン教室のメリットとして捉えられているようです。もう一つの利点として、「オープン教室では他者への配慮という社会的マナーが身につく」という教育効果が挙げられました。すなわち、音環境を共有している状況では、日常的に他者を気遣う姿勢が不可欠であり、社会生活に必要なマナーを子供が実践的に身につける場として有効であるようです。これらの結果から、授業を妨害しない程度であれば、互いの音が聞こえることが利点としての側面ももち得ることがわかります。
■音の問題回避のポイント運用次第ではさまざまな利点をもつオープン教室ですが、いくつかの学校をみてみると、音の問題を回避しているケース、問題が生じているケースのそれぞれで特徴的な状況がみられます。これらをまとめて表2に示します。
活動内容の調整 | 連続空間内で性質(音の発生状況)の異なる授業※A | 隣接学級と調整 臨機応変に内容を変更するなどの工夫 学年統一時間割や合同学習の導入 |
活動場所の調整 | 教室内で音楽や賑やかな活動 | 賑やかな活動の時、特別教室へ移動 賑やかな活動は隣接学級が不在のときに行う等の工夫 |
児童への指導 | 声量の調整を促す張り紙※B 社会的マナーとして他者への配慮を指導 | |
指導技術・空間運用方法 | 従来の学級単位の運用方法 教員個人の工夫に依存 | 空間の特性を前提とした運用 声量を押さえた指導技術※C チームティーチング等、児童一人一人に目を配る体制 OP型教室に不慣れな教員への指導体制 |
“問題の生じているケース”に関しては、隣接学級間で対照的な活動を行ったり教室内で音楽を行う様子、一学級の人数が多く児童を集中させるのに苦労している状況が見られ、「隣の音が気になって児童が落ち着かない」という意見がきかれました。一方、“無理なく授業が行われているケース”では、音の大きさに関する注意(掲示)や隣接学級との授業内容を揃える等の工夫が見られ、音の問題を認識して適切な措置がとられた結果として、落ち着いた授業が行われていました。教員からも、「音の面では互いに配慮しあっており、普段は自分も子供も気にならない」との意見が聞かれました。また、学年統一時間割や合同学習も、学年ユニット全体で互いに気兼ねなく活発な活動を行うための効果的な対策になるようです。
以上で紹介したような調査の回答結果は、同じ学校や同学年の教員でも差がみられる場合が多く、一般的な公立の学校では、音の問題に対する対処方法は共通の認識とはなっていないようです。特にオープン教室での指導経験のない教員が初めてオープン教室で指導を行う場合には、音の問題をいかにクリアするかは非常に重要な課題ですが、現実的には授業内容等の計画や調整に追われて音の問題を認識する機会がなく、結果的に負荷が大きくなるというケースも多いようです。
オープン教室での指導経験の長い教員からは「始めは戸惑ったが、ルールづくりや児童への指導によって音の問題を防げるようになった」との意見が聞かれ、また経験年数の短い教員からは、「経験豊富な先生の授業方法を参考にしている」との意見が聞かれます。音の問題に対する配慮は現状では教員個人の裁量に委ねられている場合が多いようですが、オープン教室の特性を前提とした授業内容の調整、空間の使用方法、他学級への配慮は不可欠であり、今後、教育現場全体で、教室環境に対する認識やオープン教室の適切な運用方法を共有化していけるとよいのではないでしょうか。
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